内容紹介
本の中の本と称される聖書。聖書は多くの人の手によって書かれた、神と人間との歴史における出会いの物語です。今から3000年ほど前の紀元前10世紀頃にその最も古い部分が書かれ、紀元後2世紀に最後の書が書かれました。今では世界各国の言葉に翻訳されており、中でも「聖書協会共同訳」は最新の研究結果のもと、拡張高く美しい日本語で訳された新しい翻訳です。
聖書は大きく旧約聖書と新約聖書に分けられます。ユダヤ教の教典でもある旧約聖書は、天地創造に始まり、イスラエル民族の歴史物語や詩、ことわざ集など、さまざまな種類の文章から成っています。
この「旧約聖書2」には、申命記からサムエル記下までが収録されています。
目次
【申命記】(34トラック・958節・271分)
モーセ五書の最後を締めくくる書物で、書名は「第2の律法(トーラー:教え)」を意味するギリシア語に由来します。申命記では、約束の地に入ろうとしているイスラエルの民に向かってモーセが最後に語った言葉が記されています。モーセは、神がイスラエルの民をエジプトの奴隷状態から救い出し、シナイ山で律法を与え、律法によって生きるように命じた出来事を振り返り、神がすでに民を救ったことを強調します。また、申命記における神とイスラエルとの契約は、続くヨシュア記士師記サムエル記列王記で展開されるイスラエルの歴史の基礎となっています。
【ヨシュア記】(24トラック・657節・193分)
ヨシュア記では、ヨルダン渡河、エリコの城壁の崩壊、天からの雹などのイスラエスのカナン征服における奇跡的な出来事を通して神の力を示し、イスラエルの民に約束の地カナンを与えるという神の約束がどのようにして成就したかが描かれています。書名は、モーセの死後、イスラエルの指導者として選ばれたヨシュアに由来します。また、ヨシュアという名には「主(ヤハウェ)は救う」という意味があり、この書の「カナンの地は神からの恵みであり、その恵みを得るには神と律法に忠実であることが求められる」という主題と重なります。
【士師記】(21トラック・618節・202分)
士師記では、イスラエル諸部族がカナンに定住し始めてから、一人の王を戴く国家として統一されるまでの時代が描かれています。「士師」とは、諸部族を助け、敵の侵入を阻止するという役割を与えられた、神に選ばれた者のことです。この書には、神に背くイスラエルの民を、神が外敵を用いて罰し、民が神に助けを求めると、神は士師を立てて敵から救い、士師が死ぬと、再び民は神に背き始めるといったことが繰り返し記されています。つまり、イスラエルの民を脅かしているのは、外敵ではなく、神に背き続けるイスラエルの民自身だったことを後世に伝えているのです。
【ルツ記】(4トラック・86節・32分)
ルツ記では、神は計画を成就させるために、ユダヤ人だけでなく他国の人々をも用いることをイスラエルの民に示すために書かれました。ルツはイスラエル部族ではなく、モアブ出身の女性でしたが、夫も息子も失ったしゅうとめナオミの世話をするために、ルツは安住の地である故郷モアブを離れてイスラエルに移住します。最終的にルツは、ベツレヘムの有力者の下に嫁ぎ、ダビデの祖父となる子をもうけるという、ハッピーエンドの筋書きとなっています。この書は、イスラエルで最も偉大な王であるダビデの血筋に連なることになった、一人の異民族女性の人生を美しく描き、神の恵みの奥深さを伝え続けてきました。
【サムエル記上】(31トラック・811節・257分)
サムエル記では、神に選ばれたサムエル、サウル、ダビデという3人の人物の生涯が描かれています。そして、各物語は、この3人が人間的な弱さにもかかわらず、いかにイスラエルを強力な国家に変えたかに焦点を当てています。サムエル記までは、イスラエルは十二部族の連合体で、緊急時には神に選ばれた士師と呼ばれる指導者が現れて統治していました。しかし、イスラエルの人々は、他の国々に見られる強力な王を求めるようになり、最初の王であるサウルが立てられます。王国が発展していくとともに、神に背くようになったサウルは、新たに神が選んだ王であるダビデを殺そうとし、逆に自らを死に追いやることになるのです。
【サムエル記下】(24トラック・695節・216分)
サムエル記下は、サムエル記上の後半から始まるダビデ物語の続きです。この書では、ダビデの治世の始まりと、数々の戦いにおける勝利とともに、ダビデの人間としての弱さや失敗が描かれています。この書を理解する重要な鍵が、ダビデの子孫がとこしえに王座に就くことを約束した、神とダビデとの契約です。イスラエルの民が神に選ばれて油注がれた者、メシアを待ち望むようになる根拠がこの契約にあります。エルサレム陥落後(前586)預言者たちは、ダビデの末裔に生まれる新しい王について預言し始め、新約聖書の時代には、イエスこそが預言された新しい王であると理解されることとなりました。
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