内容紹介
山本周五郎は「文学には“純”も“不純”もなく、“大衆”も“少数”もない。ただ“よい小説”と“わるい小説”があるばかりだ」を信念とし、普遍妥当性をもつ人間像の造形を生涯の目的とした作家で、時代小説を中心に沢山の作品を残しています。
その作風は今なお古臭さを感じさせず、繊細に描かれた人の心の機微や人情に、思わず笑わされたり、胸を打たれたりする魅力に溢れています。
<あらすじ>
宝暦二年三月二日のこと。岸島出三郎は、隣家の新村勘右衛門の娘・七重に招かれた宵節句の宴で艶書――恋文を袂に入れられた。「三男坊でうだつの上がらない自分に恋文など贈る者がいるはずもない、質の悪い悪戯だろう」と思った出三郎は、幼なじみである七重にその文を見せようとしたが、七重はその文を見ようともせず、機嫌を損ねただけであった。
五月になり、出三郎は七重に縁談が決まったことを知った。その相手が笠井忠也だと聞いて出三郎は驚いた。出三郎は忠也に隠し子がいることを知っていたのである。このことを話さねばと思った出三郎は、七重を庭に呼びだしてその美しい表情を見た時に自分の思いに気付いてしまう。
――そうだ。おれは七重を愛していた。
結局出三郎は忠也のことも自分の思いも伝えることもなく、はなむけの言葉を送っただけに留まった。
月日が経ち、七重は嫁いでいった。そんな折に、兄の旧友の定高半兵衛が出三郎を訪れ、郷土誌の資料を集めていた出三郎に調べ物を頼んだのである。これが出三郎にとって思わぬ転機となるのだが……
山本周五郎(やまもと・しゅうごろう)
1903〜67年。小説家。山梨の生まれ。本名・清水三十六(さとむ)。名は生まれ年からつけられ、筆名は東京で徒弟として住み込んだ質屋「山本周五郎商店」にちなんだ。20代前半に作家活動を始め、39歳の時『日本婦道記』が直木賞に推されたが受賞辞退。その後も多くの賞を固辞する。江戸の庶民を描いた人情ものから歴史長編まで作品は数多い。代表作には、「樅(もみ)ノ木は残った」「赤ひげ診療譚」「おさん」「青べか物語」「さぶ」などがある。1987年9月には、「山本周五郎賞」が新潮文芸振興会により設定された。
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